2つの酢酸発酵~表面発酵法(静置発酵法)と全面発酵法(深部発酵法)について
酢造りの重要なプロセスである酢酸発酵は、酢酸菌がアルコールを酢に変える酸化反応です。化学式で表すと、以下のようになります。
C2H5OH (エタノール) + O2 (酸素) → CH3COOH (酢酸) + H2O (水)
式が示す通り、酢酸発酵には、エタノール(お酒)と酸素(空気)が必要です。逆に言えば、お酒と空気さえあれば、酢酸発酵を進められるということです。
このことから、現代の酢造りには、大きく分けて「表面発酵法(静置発酵法)」と「全面発酵法(深部発酵法)」という2つの手法があります。この記事では、それぞれの製法の特徴やメリット、そして、できあがる酢の違いについてご説明します。
表面発酵法(静置発酵法):伝統的な製法
表面発酵法は、古くから使われている伝統的な食酢の製造法です。日本の米酢・黒酢はもちろん、ワインからつくるバルサミコ酢、ビールからつくるモルトビネガーなども、壺や樽・桶などの容器の違いはあれど、多くの酢がこの製法で造られています。
酢酸発酵には、酸素(空気)が必要です。そのため、酢酸菌は、空気に接触しやすい液面に集まって増殖します。酢酸菌が増殖すると、仕込み液の液面に、白いちりめん膜(酢酸菌膜・上の写真)が形成されます。
アルコール分子は、水素結合によって仕込み液中に均一に溶け込んでいます。
一方、酸素は水に溶けにくいため、空気と接する液面で酢酸発酵が進み、酢酸が生成されます。
生成された酢酸は水中ではイオン化し、仕込み液中に拡散していきます。
CH3COOH(酢酸) + H2O(水) → CH3COO-(酢酸イオン) + H3O+(水素イオン)
やがて、仕込み液中のアルコールがすべて酢酸に変わった時点で発酵が終了します。
このように表面発酵法では、自然の力による拡散で、酢酸発酵が緩やかに進行します。この製法は、かき混ぜてはならず、酢酸菌膜を表面に静かにゆっくりと成長させるところから、「静置発酵」とも呼ばれています。
仕込み液の中は、物理的にも化学的にも、さまざまなことが起こっており、ここでご紹介したことがすべてかどうかもわかりません。それでも不思議と発酵が進んでいくところに、発酵の神秘を感じます。
表面発酵では、仕込み液の表面にできた酢酸菌膜で発酵が進むため、桶の深さに対して、表面積が大きいほど、発酵が早く進みます。しかし、液の深さが浅く、表面積が大きすぎると、外気温の影響を大きく受けてしまいます。
酢酸菌が元気に活動できる温度(約30℃)を保ち、かつ仕込み液内に良い拡散状態を維持し、数か月かけてアルコールをゆっくりお酢に変えていきます。このような長期間の管理は難しく、手間がかかるため、大量につくることができません。
しかしながら、出来上がったお酢はコクや旨み、香りがあるものに仕上がります。とば屋酢店のお酢も、静置発酵法でつくられています。 仕込み液を直接、もみ殻で保温した壺の中に注ぎ、約2カ月間静置発酵させます。とば屋の壺之酢のフルーティーな香りや風味の源は、伝統的な静置発酵技術によって、もたらされているのです。
全面発酵法(深部発酵法):効率的な大量量産製法
全面発酵法は、酢の大量生産を可能にした現代的な製法です。機械の力で仕込み液をかき混ぜて空気を送り込み、酢酸発酵を促進します。酢酸発酵は、酢酸菌の手元にお酒と空気があればよいので、アルコール中に小さな空気泡を分散させることで、液全体での発酵を可能にしています。
従来の表面発酵法では、液面積という制約がありましたが、液の深部でも発酵を進められるようになったことから「深部発酵法」とも呼ばれます。発酵速度が飛躍的に上がり、短期間で大量の酢を効率よく生産できるのが大きな利点です。
全面発酵法の場合、酢酸発酵は液全体で進められるため、液表面のちりめん菌膜は不要となります。そのため、全面発酵法で用いられる酢酸菌は、菌膜を形成する能力を持っていない子や、アルコール・酢酸への耐性に優れた子が多いそうです。
深部発酵法は酢酸菌に非常に強いストレスをかけます。馬車馬の如く働かされる、ちょっとかわいそうな酢酸菌なのです
深部発酵法でつくられたお酢は、酸味が強く、ツンとした鋭いお酢になることが多いです。静置発酵法でつくられたお酢に比べると、風味や香りは少なく、あっさりしています。
項目 | 表面発酵(静置発酵)法 | 全面発酵(深部発酵)法 |
---|---|---|
発酵時間 | 長い(数ヶ月) | 短い(数日~数週間) |
酢の風味 | 旨みや深み・コクがある | 比較的あっさりしている |
製造コスト | 高い | 低い |
生産規模 | 小規模~中規模 | 大規模 |
向いている事例 | 高級酢、飲むお酢。 | 一般的な食酢。漬物酢や調味酢。下ごしらえに使うお酢。 |
とば屋の酢のこだわり
とば屋酢店は、1710年創業の老舗お酢屋です。300年以上つづく、静置発酵の伝統を守り続けています。なかでも「壺之酢」は、地元福井のお米を使い、数か月発酵・熟成させて造った自慢の純米酢です。まろやかで風味がよく、どんな料理にもよく合います。どうぞ、お試しください。
- 純米醸造酢 壺之酢 900ml
300年の伝統を誇る壺之酢は、原料が福井県産米とおいしい天然水の純米酢は、壺の中でじっくり熟成させたクセのない柔らかな酸味とまろやかな味が特徴です。
中野 貴之
酢醸造家/(株)とば屋酢店 第13代目
「お酢のことならなんでもご相談ください」がモットー。お客様に「また使いたいと思っていただけるお酢」をお届けできるよう社員と力を合わせて精進中。セミナー講師も時々お引き受けします。