酢酸の疲労回復機能について
お酢の健康効果のひとつに疲労回復効果があります。この疲労回復効果の実態は、人間のエネルギー源であるグリコーゲンを速やかに再補充してくれるというものです。この記事では、お酢と疲労回復の関係について、現状、科学的に分かっていることとよくある疑問について、ご紹介します。
この記事は、高校生物~大学の生化学に該当する内容になります。ちょっと難しいかもしれませんが、できるだけ嚙み砕いてご説明いたします!
グリコーゲンとは?生命活動に必要なエネルギー(糖)の貯蔵庫
グリコーゲンとは、運動や日常生活をおくるために必要なエネルギーを供給してくれる『動物の燃料タンク』です。『エネルギーの貯蔵庫』と表現されることもあります。何万ものグルコース(ブドウ糖)が結合した巨大な分子(多糖類)として、エネルギーを貯蔵しています。グリコーゲンは、とくに、肝臓や筋肉に多く存在しています。
運動したり、絶食したりすると、血液中にあるグルコース(血糖)は各細胞で消費されます。低血糖状態となると、肝臓中に蓄えられたグリコーゲンがグルコースに分解され、血液中に送り出され、全身の細胞で利用されます。つまり、肝臓中に蓄えられたグリコーゲンは、主に血糖値を維持するために使われます。
グリコーゲンは糖分から作られるため、疲れた時に甘いものが食べたくなるのは、体がエネルギーを求めている証です。
また、筋肉中に蓄えられた筋グリコーゲンは、筋肉が収縮するための直接的なエネルギー源として利用されます。したがって、筋グリコーゲンが十分に補充されていることが、次の運動や仕事でのパフォーマンス向上につながると考えられており、特に、マラソンランナーやスポーツアスリートは、試合の数日前からの食事メニューを工夫することで、グリコーゲンを最大限に蓄える試み(グリコーゲンローディング、またはカーボローディング)を行うことがあります。
筋肉が収縮する際に使用されるエネルギーは、筋肉内のグリコーゲンを分解して出来るATP(アデノシン三リン酸)という物質と脂肪が分解して出来たFFA(遊離脂肪酸)によって作られます。
筋グリコーゲン | e-ヘルスネット(厚生労働省)
肝臓のグリコーゲンが枯渇すると、低血糖状態となり、空腹感や眠気、疲労、脱力感などを引き起こします。また、筋肉のグリコーゲンが枯渇すると、筋肉の収縮が困難になり、運動を続けることができなくなります。このような状態異常から回復するためには、栄養を補給して、グリコーゲンを再補充する必要があるのです。
酢酸の「グリコーゲンを急速に再補充する疲労回復促進」効果
酢酸のグリコーゲン再補充促進効果については、動物試験による研究結果がいくつか報告されています。例えば、ラットに比較的激しい運動をさせた後、何種類かの異なる飲料を飲ませ、その2時間後に肝臓中のグリコーゲン含量を調べた研究があります。この研究では、糖分(グルコース)+酢酸、もしくはクエン酸を加えた飲料を摂取したラットの方が、糖分だけの飲料を摂取した場合よりも、肝臓中のグリコーゲン含量が多くなることが分かりました。(※1)
別の研究では、運動ではなく絶食状態においても、糖分と酢酸の同時摂取によって、糖分だけ摂取した場合よりも、肝臓と筋肉のグリコーゲン含量が多くなることが報告されています。(※2)
また、別の研究では、酢酸添加によって、肝臓や筋肉でグリコーゲンが「急速に」補充されることがわかりました。また、過剰に蓄積されるわけではなく、必要な分だけが効率よく補充されることが確認されました。(※3)
【参考文献】
※1:Nakao et al., 2001, Effect of acetate on glycogen replenishment in liver and skeletal muscles after exhaustive swimming in rats.
※2:Fushimi et al., 2001, Acetic Acid Feeding Enhances Glycogen Repletion in Liver and Skeletal Muscle of Rats
※3:Fushimi and Sato, 2005, Effect of acetic acid feeding on the circadian changes in glycogen and metabolites of glucose and lipid in liver and skeletal muscle of rats.
グリコーゲン補充のメカニズム
グリコーゲン補充のメカニズムには、3つのプロセスが考えられています。(※3)
①解糖の抑制
グルコース(ブドウ糖)を分解してエネルギーをつくる最初のステップを『解糖(かいとう)』といいます。運動後、または、空腹時に酢酸を摂取することで、解糖が抑制されると考えられています。
②糖新生の促進
体内にある乳酸やピルビン酸をもとに、グルコースを合成する反応を『糖新生(しんとうせい)』といいます。酢酸を摂取すると、新しくグルコースを生成する糖新生が一次的に活性化すると考えられています。
つまり、糖質+酢酸を摂取することで、今あるグルコースを消費することをやめて、新しいグルコースを次々とつくって、グリコーゲンの補充に充てようとするのです。
③脂肪酸酸化の促進
運動時・空腹時、身体はエネルギーを欲しています。しかし、①今あるグルコースを消費せず、②新しいグルコースをつくることを優先しているため、他のところからエネルギーを持ってくる必要があります。そこで、体内に蓄えられた脂質をエネルギー源として活用しようとします。
酢酸を摂取すると、少なくとも肝臓においては、脂肪をエネルギーに変える働きが一時的に高まると考えられています。これは、脂肪酸が細胞内のミトコンドリアに移行しやすくなることで、脂肪が効率よくエネルギーに変わるからです。酢酸が脂質代謝に影響を及ぼす可能性を示す興味深い報告です。
ここまでのまとめ
運動時・空腹時に酢酸を摂取することで、肝臓と筋肉でのグリコーゲン再補充が急速に行われます。これは、解糖の一時的な抑制や糖新生の促進、そして、脂肪酸酸化が進むことによるものと考えられています。これらの研究報告から、空腹時や運動などの疲労時にお酢+糖質を摂取すると、体が効率的にエネルギー源を補充できるため、疲労回復を促進すると言われているのです。
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疲労はいろいろ。酢酸のグリコーゲン再補充促進で効果があるのは筋疲労
お酢の疲労回復については、嘘だという言説もみかけます。ここでひとつ、「疲労」という現象は非常に複雑なものだという認識をもっていただきたいです。
私たちが感じる疲労には、さまざまな種類があります。例えば、長時間の勉強やデスクワークによって感じる「精神的な疲労」、睡眠不足やストレスが原因となる「全身の疲労」、そして運動や激しい身体活動の後に感じる「筋疲労」です。それぞれの疲労には異なる原因があり、対処法も異なります。
酢酸は特に「筋疲労」に対して有効であるといえます。激しい運動後の疲労回復を目指す人々にとって、酢酸と糖質を取り入れた食事は、筋肉のグリコーゲンを効率よく補充し、再び運動を継続するための強力なサポートとなるでしょう。
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なお、精神的な疲労や、身体全体の代謝機能が低下するような全身の疲労に対する酢酸の効果については、現時点では明らかになっておりません。グリコーゲンは、脳活動のエネルギー源としても重要な役割を果たすと言われていますが、酢酸摂取との関係についてはまだ十分に研究されていません。
疲労に関する研究は、臨床的に難しい部分が多く、まだまだ未開拓の領域です。今後、さまざまな視点から探求が進み、酢酸の可能性がさらに広がることを期待しています。
よくある質問
Q. クエン酸と酢酸で、疲労回復効果に違いはあるのか?
疲労回復効果のあるものとして「クエン酸」を思い浮かべる方も多いでしょう。夏バテ予防商品では、クエン酸を配合していることをアピールするものが多く見られます。
上述の論文でも簡単に触れましたが、グルコース(ブドウ糖)とお酢を摂取した場合と同様に、グルコース+クエン酸を運動終了後に摂取した場合にも、肝臓中のグリコーゲンを急速に再補充することが報告されています。このように、クエン酸と酢酸のどちらも、疲労回復に役立つと考えらえています。クエン酸と酢酸は酸味や風味が異なりますので、目的やお好みに合わせて活用されると良いと思います。
なお、よく言われている「クエン酸を経口摂取すると、クエン酸サイクルが活発になる」という主張については、根拠となる科学的な情報は見つかりませんでした。
クエン酸と酢酸はどちらも酸性です。どちらも、エネルギーをつくりだす仕組み(クエン酸回路・TCA回路)に使われ、代謝において重要な役割を果たします。しかし、クエン酸回路で使われるクエン酸は、経口摂取したクエン酸ではなく、アセチルCoAから体内で生成されたクエン酸が主体と考えられています。
ちなみに、経口摂取した酢酸の一部は小腸で吸収され、門脈を経て肝臓に運ばれたあと、アセチルCoAシンテターゼとよばれる補酵素によってアセチルCoAへと変換されます。アセチルCoAはクエン酸回路(TCAサイクル)を経て二酸化炭素と水に完全分解され、エネルギーとなります。
Q. 酢酸は乳酸を分解してくれるのか?
長年、筋肉が疲労する原因は「筋肉中に蓄積した乳酸」だと考えられてきました。しかし、最近では「乳酸=疲労物質」という認識が変わりつつあります。現在では、疲労の原因には、カリウムやリン酸の蓄積、活性酸素など、いくつかの要因が複合的に関与していることが分かってきています。(※4)
もともと、体内の乳酸は、血糖やグリコーゲンがエネルギー源として燃焼される、最初のステップの解糖系で生じるものです。運動の負荷が高いと、乳酸の生成が増加します。
C6H12O6(グルコース)⇒2C3H6O3(乳酸)+2ATP
この乳酸は、新しいグルコースの再合成(新糖生)に利用されます。乳酸は体内で再利用され、いずれクエン酸サイクルに入り、エネルギー生産に貢献するのです。
さて、乳酸と酢酸の関係について言及します。運動終了後の酢酸摂取によって、解糖が抑制され、新糖生が一時的に活性化します。つまり、グルコースを分解する動きが減り、乳酸を使って新しいグルコースをつくる動きが増えます。つまり、運動後の酢酸摂取によって乳酸は分解され、新しいエネルギー源をつくるために役立てられると考えられます。
しかしながら、疲労の原因物質はカリウムやリン酸の蓄積、活性酸素などさまざまなものがあることが分かっており、酢酸が乳酸の分解によって疲労回復を促すという主張には、現時点では根拠が不足しています。今後の研究により、酢酸と乳酸の関係がさらに明らかになることが期待されます。
【参考文献】
※4:乳酸 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
中野 貴之
酢醸造家/(株)とば屋酢店 第13代目
「お酢のことならなんでもご相談ください」がモットー。お客様に「また使いたいと思っていただけるお酢」をお届けできるよう社員と力を合わせて精進中。セミナー講師も時々お引き受けします。