お酢と牛乳を混ぜるとドロッと固まるのはなぜですか?
牛乳にお酢を加えるとどろっと固まる現象を見たことがありますか?飲むお酢の牛乳割りや、フレッシュチーズづくりなどで日常的に見られる現象ですね。これは、お酢と牛乳を混ぜたときに起こる凝固という現象です。
酸性の液体であるお酢は、牛乳に含まれるタンパク質を変性(※)させ、固める作用があります。乳タンパク質の場合、凝乳ともいわれ、チーズづくりの重要なプロセスでもあります。この記事では、なぜお酢と牛乳が固まるのか、分離するのかといった疑問に、科学的な背景からお答えします。
※タンパク質の変性:タンパク質の特定の形(天然構造)が崩れ、性質が変わったり、機能が失われたりすること
牛乳に含まれる乳タンパク質はカゼインが8割、ホエイが2割
まず、牛乳の成分を見ていきましょう。日本食品標準成分表増補2023年(八訂)によると、牛乳の主な栄養素は、87%が水分、タンパク質3.3%、脂質3.8%、糖質約4.8%、残りがカルシウムなどのミネラル・ビタミン類です。つまり、牛乳100gのうち、約3.3gがタンパク質ということです。
牛乳タンパク質は、カゼイン(8割)とホエイタンパク質(2割)に大別されます。これらは牛乳中に均一に散らばって存在(分散)していますが、レモン汁や食酢などの酸を加えることで、カゼインが集まって、まとまります。この特徴は、消化吸収の過程においても重要です。カゼインタンパク質は、胃液の酸でも凝固します。
一方、ホエイタンパク質は、酸による影響を受けません。胃酸にも影響されず、速やかに腸まで届くことが報告されています。このことから、ホエイは消化吸収のよいタンパク質といわれています。
このように、牛乳に含まれるタンパク質には複数あり、それぞれのタンパク質は性質が異なるため、酸に混ぜたり、加熱をしたりすると、異なる反応をみせます。次に、食酢の酸によって凝固するカゼインタンパク質に注目していきましょう。
カゼインミセルという複合体で存在している
牛乳に含まれるカゼインたんぱく質は、カゼインミセルと呼ばれる高分子の複合体を構成しています。カゼインミセルは、たくさんのカゼイン分子が結びついた集合体で、大きな球状のコロイド粒子です。カゼインミセルは肉眼では見えませんが、牛乳が白く濁って見えるのは、カゼインミセル粒子と乳脂肪球が、外からの光を反射し、反射した光が散乱するためです。
カゼインミセルの詳細な構造はまだ明らかになっていません。しかし、表面がマイナスに帯電しており、カゼインミセル同士は互いに反発していると考えられています。
つまり、カゼイン同士、くっつかない。固まらない。だから、牛乳の中に安定して散らばっていられるのです。このマイナス帯電は、カゼインに結合しているシアル酸などの糖鎖に由来すると考えられています。では次に、カゼインミセルがどのように酸性環境で変化するのかを見てみましょう。
pHが下がり酸性環境になると、カゼインミセル同士の反発がなくなる
牛乳のpHは約6.5で中性です。食酢はpHは約2.5で酸性です。
CH3COOH (酢酸) → CH3COO- + H+ (水)
牛乳に食酢を加えると、酢酸はCH3COO-とH+に分かれます。遊離した水素イオンH+は、マイナス電荷を帯びているカゼインミセルとくっつき、正の電荷と負の電荷が打ち消し合います。pHを徐々に下げて、つまり、水素イオン濃度[H+]を上げていくと、ある段階で、見かけの電荷の偏りがなくなる等電点に達します。
たんぱく質は、構成するアミノ酸の種類と数によって固有の等電点をもち、その等電点で最も水に対する溶解度が低くなり、沈殿しやすくなります。カゼインの等電点はpH4.6です。
電荷の偏りがなくなると、カゼインミセル同士の反発が少なくなり、カゼインミセルはゆるく集まって水分を保持した軟らかいゲルを形成するようになります。フレッシュチーズの一種であるカッテージチーズは、このゲル状の凝固物をろ過して製造されます。
【実験】ゲル状になったカゼインのpHをアルカリにすると元に戻るのか?
ここまでの話をまとめると、カゼインミセルは、溶液のpHを変化させることで電荷状態を変えただけです。つまり、分子の構造を切ったり、組み替えたりしたわけではありません。ということは、pHを元に戻せば凝固が解除され、再び、分散状態になると考えられます。
せっかくなので実験してみましょう!
①牛乳のpHを6.5、米酢のpHを3とみなします。
②牛乳50mlに対し、お酢を1mlを添加すると、計算上はpH4.7程度になります。
カゼインの等電点pH4.6にかなり近づけています。
③しばらく放置すると、もやもやとしたうねりが見えてきます。
分離はうまくいったようです。この白いうねうねしたものが、カゼインタンパク質の塊です。
④スプーンですくってみると、モロモロがよくみえます。
⑤この白い塊に、重曹(炭酸水素ナトリウム、NaHCO3)粉末をほんのひとつまみ、入れてみましょう。
分かりにくいかもしれませんが、重曹を入れて混ぜると、白い塊は徐々に小さくなり、まわりの液体の白さが濃くなっていく様子が観察できます。これは、一度凝集したタンパク質が、再び分散したことを示しています。
見比べると何も加えていない牛乳の白色が一番、濃くて、ハッキリしています。今の牛乳は、脂肪球を細かく砕いて均質化(ホモジナイズ)しているため、全体が白濁しています。一度、酸性にして凝集してから、pHを戻して分散すると、均質性が下がったのでしょう。
酸と牛乳の関係のまとめ
お酢(酸)と牛乳を混ぜると、ドロッと固まるのは、牛乳に含まれるタンパク質のうち、カゼインタンパク質が集まるからです。カゼインタンパク質は、酸性寄りの条件のとき、ゆるやかに集まる性質があります。
酸性条件であれば、お酢に限らず、レモン汁(クエン酸)でも同じようにかたまります。
乳タンパク質の変性は、熱によっても起こる
ここまでは、乳タンパク質と酸の関係を取り上げました。実は、タンパク質は、酸による変性だけでなく、熱による変性も考慮する必要があります。2つの乳タンパク質のそれぞれの影響を下の表にまとめました。
熱による影響 | 酸による影響 | |
---|---|---|
カゼインタンパク質 | 熱に強いが、105℃以上の高温で加熱すると徐々に凝固する | 酸に弱い pH4.6が等電点で凝固する |
ホエイタンパク質 | 熱に弱い 成分によっては、60℃くらいから、高温になるにつれ変性が進む | 酸に強く、胃酸のような強い酸の影響も受けない |
カゼインタンパク質は熱に強いですが、ホエイタンパク質は熱に弱く、変性します。また、ホエイタンパク質は熱変性すると、カゼインミセルに結合することが知られています。
牛乳の殺菌方法には低温殺菌と高温殺菌がある
牛乳の殺菌方法には、低温殺菌、高温殺菌、超高温殺菌があります。市販されている牛乳は、ほとんどが超高温殺菌で「130℃2秒間」などと記載されているものが多く見られます。つまり、乳タンパク質のうち、ホエイタンパク質は高温の影響を受けて変性している可能性が高いです。
カッテージチーズであれば、カゼインタンパク質が主体なので、殺菌方法による作りやすさの違いはありません。高温殺菌でも低温殺菌でもつくることができます。しかし、モッツァレラチーズのように弾力があるチーズの場合、高温殺菌牛乳ではつくりにくいと言われています。
【実験】牛乳の殺菌方法によって、酢との反応具合に違いはあるのか
もう一つ、実験をしてみましょう。低温殺菌牛乳と、超高温殺菌牛乳を使うことで、酢ドリンクのテクスチャにどのような違いが出るか、検証してみます。
とば屋のお酢蜜20cc + 牛乳100ccの6倍希釈で比較します。
写真では分かりにくいかもしれませんが、低温殺菌牛乳酢よりも超高温殺菌牛乳酢の方がドロッとした感触です。飲み心地も、舌にまとわり、もったりと重みがあります。超高温殺菌牛乳は、ホエイタンパク質が熱変性しカゼインミセルに結合した結果、カゼインミセル自体が大きくなり、集まりやすくなったのではないかと考察します。
軽食代わりにミルク酢を飲んで、満腹感を得たい方は超高温殺菌牛乳でしっかりトロミを付けると良いでしょう。喉ごしを良くしたいときは、低温殺菌牛乳を使うのが良さそうです。
よくある疑問
Q. 酢ドリンクでお酢と牛乳を分離させないようにするには?
お酢と牛乳が分離してしまうのは、牛乳をしっかり温めてしまったケースが多いです。熱による変性は元に戻すことができませんので、一度温めて分離してしまったものは、ザルで濾してフレッシュチーズにするか、そのまま飲み切ることをおすすめします。
分離を防ぐには、牛乳をよく冷やしたり、氷を入れるのがおすすめです。あたたかい牛乳をご利用になりたい場合は、牛乳を先に入れて、少しずつお酢を追加し、ゆるやかに混ぜるようにすると、調整しやすいでしょう。
Q. ミルク酢で、高温殺菌牛乳を使ってもよいですか?
もちろん、良いです!市販の牛乳は、ほとんど超高温殺菌牛乳・UHT殺菌乳(110~130℃で数秒の加熱)です。この牛乳の場合、カゼインタンパク質には大きな影響を与えません。
モッツァレラチーズなどのように弾力をもたせたい場合は向いていませんが、飲むお酢として楽しむ場合は、大きな影響はありません。トロミ具合も、牛乳の配分を変えれば十分に調整可能なので、お好きなテクスチャで楽しんでいただければと思います。
Q. お酢の牛乳割りの、ベストな配合は?
お酢の牛乳割りは、飲みやすく、続けやすい方法としておすすめです。とば屋の純米酢壺之酢であれば、5倍以上に薄めることをおすすめしています。実は、薄める割合によって、酸っぱさとトロミ具合が大きく変わりますので、以下を参考に、お好みの濃さを探してみていただければと思います。
まとめ
- お酢と牛乳を混ぜると、カゼインタンパク質が酸性環境で凝集する。
- カゼインはpH4.6で最も溶解度が低く、固まりやすい。
- ホエイタンパク質は酸の影響を受けにくく、消化吸収が良い。
- 牛乳の殺菌方法により、酢との反応が異なることがある。
牛乳の凝固は、おおきく①酸による凝固、②酵素(レンネット)による凝固、③加熱による凝固の3つが考えられます。これらを複雑に組み合わせることで、チーズやヨーグルトなど、多様な乳製品が生み出されています。
身近な食材であるお酢と牛乳だけで、さまざまな変化をつくり出すことができます。お飲み物に、お料理に、この記事の内容を役立てていただければ幸いです。
中野 貴之
酢醸造家/(株)とば屋酢店 第13代目
「お酢のことならなんでもご相談ください」がモットー。お客様に「また使いたいと思っていただけるお酢」をお届けできるよう社員と力を合わせて精進中。セミナー講師も時々お引き受けします。