食酢の造り方

お酢を知ろう

穀物酢の製造工程図。米や麦などの穀類のでんぷん質を糖化し、酵母によってアルコール発酵させてアルコール液をつくる。種酢を入れて酢酸発酵して、熟成、濾過、殺菌などを経て穀物酢となる。

酢は、お酒に含まれるエチルアルコールに酢酸菌が作用することでつくられる発酵調味料です。お酒の種類ごとに異なる酢をつくることができるため、「お酒の数だけお酢がある」とも言われます。そのため、原材料の違いによって、さまざまな風味を楽しむことができます。古来から続く伝統的な食酢の造り方には、大きく2つの方法があります。

1つ目は、米や麦などの穀物デンプンを原料とした穀物酢の造り方です。日本で最も馴染みのある米酢も、穀物酢のひとつです。2つ目は、ブドウやリンゴなどの果実を原料とした果実酢の造り方です。それぞれの方法について、わかりやすく解説します。

穀物のデンプン質を原料とする穀物酢の造り方

穀物酢には、米、麦、酒粕、粟、麦芽、トウモロコシなど、様々な穀物が原料として使用されます。JAS規格によれば、製品1リットル中の穀物含量が40g以上であるものが穀物酢とされます。原材料は一種類のみのものもあれば、穀物を複数種混合してつくるものもあります。

穀物酢は、一般に①デンプンの糖化、②糖のアルコール発酵、③酢酸発酵の3つのステップを経て、製造されます。②のアルコール発酵は、いわゆるお酒を作る工程です。③の酢酸発酵でお酒をお酢へ、さらに発酵させる工程です。

①デンプンの糖化

デンプンは、植物が光合成によって実や根っこに貯蔵したエネルギー(炭水化物)です。いくつものブドウ糖(グルコース)が鎖状につながった構造をしています。麹菌はアミラーゼという分解酵素を出すことで、この大きいデンプン分子をチョキチョキと分解して、小さなブドウ糖に変えてしまいます。アミラーゼは、ヒトの唾液中にも含まれる酵素です。

糖化(麹菌が出すアミラーゼによってデンプンがブドウ糖に変わる)の化学式

米酢の場合は米麴を使いますが、麦芽酢の場合、麦芽が米麴と同じ働きをします。麦芽には、デンプンを小さな糖に分解する酵素が含まれているのです。

②糖のアルコール発酵

酵母菌のはたらきによって、酒精(アルコール)がつくられます。

アルコール発酵(酵母菌によってグルコースがアルコールに変わる)の化学式

③酢酸発酵

酢酸菌のはたらきによって、酢の主成分である酢酸がつくられます。酢酸菌は自然界にも存在しますが、発酵を安定させるために、種酢を利用します。種酢は、ヨーグルトでいうと種菌に当たり、発酵前の甘酒やアルコール分は牛乳に当たります。とば屋では種酢を前回発酵した壺の酢の中からとり出します。一度種酢の中の酢酸菌が死んでしまうと、二度と酢を造ることができません。

酢酸発酵には空気を必要とするので、表面で反応が進みます。昔ながらの静置発酵法で製造すると、仕込み液の液面に白いちりめん膜(酢酸菌膜)ができます。

酢酸発酵(酢酸菌によってアルコールが酢に変わる)の化学式

とば屋では、種酢・酒・さらには米麹から造った甘酒・仕込み天然水を混ぜた仕込み液を直接、壺の中に注ぎ、静置発酵させます。米酢造り本来の古来からの製法です。壺に仕込んだ仕込み液の中では、自然に対流が起こります。

液の表面では、空気中の酸素を使って酢酸菌がアルコールを酢酸に変えています。こうして、静置しているにもかかわらず、酢酸発酵は緩やかに進み、数か月かけて、仕込み液全体が酢へと変わっていくのです。

どの穀物酢であっても、化学的な工程は同じです。酢酸発酵のあと、数か月熟成をして、殺菌・瓶詰めなどを経て、製品となります。とば屋のお酢造りの工程でも詳しく解説しています。私たちのこだわりを、どうぞご覧ください。

果汁を原料とする果実酢の造り方

欧米で主流の果実酢(ワインビネガーやりんご酢)は、果汁に初めから含まれている糖分を直接アルコール発酵させるため、①の糖化をスキップし、②アルコール発酵と③酢酸発酵の2ステップで製造されます。酢酸発酵を終えたお酢は、熟成後、ろ過・殺菌をして瓶詰めされます。

ぶどうやりんごなどの果物に含まれている糖類は、果糖といわれるフルクトースです。これはブドウ糖と同じように、小さな糖です。糖は、酵母菌のはたらきによって、酒精(アルコール)に変換されます。そして、穀物酢と同様、種酢を入れて、酢酸発酵をさせます。その後、熟成・殺菌・瓶詰めを経て、製品となります。

果実酢の製造工程図。ぶどうやりんごなどの果実を破砕し濾過した果汁に、酵母を加え、アルコール発酵して果実酢をつくる。種酢を入れて酢酸発酵して、熟成、濾過、殺菌などを経て果実酢となる。

食酢の製造に関しては、糖質を含むさまざまなものが原材料として使用されます。穀物では、米やソルガム(コーリャン)、大麦、小麦、トウモロコシ、ライ麦、オート麦など。果物では、ブドウやリンゴ、ナツメヤシ、イチジク、プラム、サクランボ、柿。他にも、サトウキビや蜂蜜、ココナッツ、根菜類(サツマイモなど)も原料として用いられることがあります。

近年では、昔ながらの静置発酵法以外にも、曝気・攪拌することで表面だけでなく、液全体で発酵を進める全面発酵法を採用して、大量生産が可能になりました。時間をかけて醸造する静置発酵法のものとは、風味や味わいは異なります。

原材料や発酵法、熟成、酢酸菌の種類など、さまざまな要因が組み合わさって、一つの食酢の風味が産み出されます。それぞれの食酢には個性があり、お料理に合わせて選ぶ楽しさがあります。この深みのあるお酢の世界を、皆さんにもぜひ楽しんでいただきたいと思います。

参考文献:小泉武夫編著『発酵食品学』講談社【ISBN:9784061537347】

中野 貴之

中野 貴之

酢醸造家/(株)とば屋酢店 第13代目

「お酢のことならなんでもご相談ください」がモットー。お客様に「また使いたいと思っていただけるお酢」をお届けできるよう社員と力を合わせて精進中。セミナー講師も時々お引き受けします。

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