お酢を加熱すると、酸が飛んでマイルドになるけど、栄養成分はどうなるのか
お酢の酸っぱさが苦手な方には、加熱をして酸味を飛ばすことをおすすめしています。すると、必ずといっていいほど、次のQ&Aに続きます。
Q.お酢を煮立てると、酸が飛んでマイルドになりますが、栄養成分もなくなりませんか?
A.加熱しても栄養的には問題ありません。お酢の主成分である酢酸は、加熱をすると湯気と一緒に少しずつ揮発するため、酸味が減ってまろやかになります。しかし、すべての酢酸が無くなったり、壊れてしまうことはありません。
とは言っても、「本当ですか?」
「あの酸っぱさにこそ、栄養価が詰まっているのでは?」
「良薬口に苦しと思って、頑張って飲まなきゃ…!」
「酢酸以外はどうなの?」
と考える方もいらっしゃいますね。効果があると思って頑張って飲むことで、さらに効果がアップするという心理的な実体験は尊重すべきものです。
しかし、原理を理解すれば、さらに美味しく楽しむ工夫ができるはずです。美味しければ続けやすくなります。この記事では、酢の栄養と加熱の関係について、高校化学の範囲で詳しく解説します。
酢酸の沸点は118℃。食酢を加熱してもただちに揮発するわけではない
お鍋に水を入れて加熱すると、100℃で沸騰します。言い換えると、水の沸点は100℃ということです。対して、酢酸の沸点は118℃です。したがって、一般的な煮込み料理で加熱しても、スープの温度が118℃より低いので、酢酸はすぐに全部揮発するわけではありません。
一方、高温の油で加熱する調理法では、温度が118℃を超えるため揮発します。天ぷら生地にお酢を少量加えて、サクサクの衣にする調理法がありますが、グルテンに対する影響の他に酢酸の揮発による影響も少しはあるかもしれません。
お酢を飲むとむせるのは、酢酸が揮発しやすいから
食酢を薄めずに原液で飲むとむせてしまいます。これは、酢酸が揮発しやすいからです。液体のお酢は気体になり、気道の粘膜を刺激して咳き込んでしまいます。酢酸の沸点が118℃であるのに、揮発しやすいとはどういうことでしょうか。
これは揮発と沸騰の違いによるものです。揮発も沸騰も、どちらも液体が気体に変わる気化現象ですが、揮発は液体の表面だけで気体に変わる現象のことであり常温・常圧でも起こります。沸騰は液体の内部からでも気体に変わる現象で沸点を越えたときに起こります。
机の上にこぼした水をしばらく放置しておくと、蒸発します。同じように、酢酸も液表面から揮発して大気中に飛び出していきます。
揮発のしやすさは、液体分子同士の間に働く分子間力によって決まります。分子と分子、お互いを引きつける分子間力が大きくなると、液体分子は液体中に拘束されるため液体表面から飛び出しにくくなります。結果として揮発性が低くなります。
水分子も酢酸分子も、水素原子を介する水素結合によってくっついています。水素結合はあまり強い力ではありませんので、室温で液面から飛び出たり、また戻ってきたりします。(※参考:水素結合 – 東京大学 大学院理学系研究科・理学部)
まとめると、揮発性の高い酢酸は、食酢の液面から酢酸分子が飛び出しやすく、喉や気道を刺激するので、むせやすいということです。また、温めた酢の方がより揮発しやすいので、むせやすくなります。お酢を飲む場合は、冷やして飲む方がむせにくいので飲みやすくなります。
お鍋で加熱した酢酸も同じように揮発しやすいのでは?
もう一度、加熱調理の話に戻りましょう。酢酸の沸点は水より高い118℃なので、通常の煮込み料理で沸騰するわけではありませんが、長時間加熱すると、徐々に酢酸は表面から揮発して減少します。ちなみに、加熱しなくても減っていきます。イタリアのバルサミコ酢は、木樽で何年も熟成させますが、揮発性の酢酸は水分とともに減っていき、他の有機酸が増えていきます。結果、まろやかで濃縮された芳醇な香りに仕上がります。
つまり、酢酸は加熱すると、液面から揮発して、湯気と共に、少しずつ大気中に飛び出していきます。しかし、沸点は118℃と高いため、通常の煮込み料理では食酢液中の酢酸が壊れたり、飛び出したりすることはないので、栄養成分として摂取するには問題ないといえます。
したがって、
- 酢は揮発する
- 酢は加温することで、揮発しやすくなることも事実(水素結合が切れやすくなるから)
- 煮込み料理などでは、素材にお酢が浸透もするため、お酢の効きがゼロになるわけではない
- ただし、まろやかにしたいといって、お酢自体をグラグラ長時間沸騰、加熱しすぎると揮発はかなり進み、酢の効きがかなり悪くなり、部屋中お酢が充満してしまう。(注意)
- 自分でピクルス液や甘酢を作る場合は、お好みの調味料(砂糖や塩など)を加え70℃~80℃程度かサッと煮立てて火を止め、調味料が溶ければOK
という見解です。必要以上に加熱しすぎることで、酢の効きが薄くなりすぎたり、酢の保存効果を弱めてしまうこともあるので、注意も必要です。
食酢中の酢酸以外の栄養成分も加熱すると揮発するの?
食酢の主成分である酢酸ですが、醸造酢には、他にも原料由来のさまざまな有機酸が含まれています。例えば、クエン酸、乳酸、コハク酸などです。これらの有機酸は不揮発性であり、沸点も高いので加熱しても飛んでいきません。
有機酸 | 沸点 |
---|---|
クエン酸 | 310℃ |
乳酸 | 122℃ |
コハク酸 | 235℃ |
酢酸 | 118℃ |
酢酸は機能性の高い栄養成分ですが、強い酸味と刺激的な匂いに苦手意識をもっている方も多いでしょう。実は、酢酸以外に含まれる不揮発性の有機酸は、少量であっても、調理時の味・利きに強く影響を与えます。つまり、酢酸が少し飛んだ分、他の有機酸が相対的に増えて、まろやかで食べやすくなるのです。(※参考:食酢の味 | 正井博之, 日本釀造協會雜誌(1980))
クエン酸やリンゴ酸などの有機酸にも、それぞれ効果・効能があります。また、醸造酢には酢酸菌由来の栄養も含まれています。さまざまな栄養成分が複合的に絡み合っておいしいお酢になっているのです。
とば屋酢店の純米酢「壺之酢」には、乳酸やアミノ酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸など、少なくとも8種類以上の有機酸が多く含まれています。300年続く伝統製法でじっくり時間をかけて醸造した、まろやかなお酢です。お酢が苦手な方にも楽しんでいただける壺仕込みのお酢をどうぞお試しください。
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300年の伝統を誇る壺之酢は、原料が福井県産米とおいしい天然水の純米酢は、壺の中でじっくり熟成させたクセのない柔らかな酸味とまろやかな味が特徴です。
中野 貴之
酢醸造家/(株)とば屋酢店 第13代目
「お酢のことならなんでもご相談ください」がモットー。お客様に「また使いたいと思っていただけるお酢」をお届けできるよう社員と力を合わせて精進中。セミナー講師も時々お引き受けします。
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